だらだら、のらのら、ノホホホ~ン。ほっこり、まったり、グッタリ~。寺社仏閣巡り、読書、懸賞、そして人形コレクションをこよなく愛する、ヒヨコ船長の世の為、人の為には全くならない日常の記録です。


by hiyokosencho
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福井、富山、岐阜旅行 その2福井編

第二日目

一乗谷の巻

この日は、ホテルで朝食を摂らず、
適当なお店で軽く腹ごしらえする事に~。

しかしっ!
ホテルを出ですぐ、
それが甘い考えじゃった事に気付く羽目にになろうとは・・・・・・。

出発から2~3分もすると、
カフェ、レストランの類は、視界から消え去り、
「あ~、もう、コンビニでもエエから~」
と、宣うた時には、既に、コンビニさえも無い場所に車を走らせとった・・・・・・。

ううっ・・・・・・(涙)。

さて、
この日、一番にヒヨコ船長一家が向かったのは、
一乗谷に有る朝倉氏の遺跡~。

そもそも一乗谷とは、
戦国大名の朝倉氏が、お城と館を置いた場所。
周辺には、城下町が有り、
この一乗谷の人口は、1万人程じゃったそうじゃ。

ちなみに、一乗谷、
その名の如く、ホンマにエライ谷間じゃったぢょい。

名前だけは、
朝倉氏が、4年に渡る闘いの末、
織田信長に滅ぼされた、「一乗谷の合戦」で見知っておったのじゃが、
実際、この目で気候、風土、地理状態を確認すると、一層しみじみするもんじゃのぅ。

但馬の国(現兵庫県)から、越前守護斯波氏に従って、この地に入国した朝倉氏。
応仁の乱の最中、越前の支配権を獲得した朝倉氏。
その支配権を勝ち取って、3代目には、戦国大名に迄なるも、
5代目の時には、滅亡してしまった朝倉氏。

諸行無常。
栄枯盛衰。

そんな、朝倉氏等、はじめから存在さえしておらんかったが如く、
戦火により、焦土と化し、何一つ痕跡を残さず消えた一乗谷の城下町。

じゃが、その城下町跡、
実は、朝倉氏の歴史を懐深く抱いたまま、
400年以上も、そっくり土中で埋もれていたんじゃよな~。

一乗谷は、
4~500年の時間を、簡単に超えて、結びつける魅力が有ったわい。

そんな中でも、一際、正確に発掘されておったのが、
朝倉家5代当主、朝倉義景の館跡。

およそ100m四方の規模で、
3方が土塁と濠に囲まれておる中に、
常御殿、主殿、会所、台所、厩、蔵等が建っておったのがわかるそうじゃ。

ただ、見た限りでは、このお濠、
ヒヨコ船長でさえも、簡単に越えられそうなものじゃった。
こんなんで敵の侵入を食い止められたんかいな?

朝倉館の正面には、
川が流れておったので、それが外濠の役目をはたしたんじゃろうか?

ん~、謎じゃな。

ヒヨコ船長でも、越えられそうな濠って・・・・・・。

この後、もっと、朝倉氏周辺について知りとうなったヒヨコ船長一家は、
「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館」に~。

いつもなら、
一般100円を支払わなくてはならんこの資料館。

この日は、「関西の日」の行事の一貫として、
入場料無料~!!

ラッキー♪

でも、何故、福井県で「関西の日」~?!
福井県って、北陸とちがったんかいっ?!

入館後、
展示資料を見せて頂く前に、
入口近くのソファーに腰掛け、
予習代わりに、パンフレットに目を通そうとすると、
テーブルの上にお財布らしきブツ発見!!

周囲を見まわせど、人気も無く、
とりあえず、受付に届ける事に~。

しかと、中身は見ておらんので、財布かどうかも分からんのじゃが、
持った瞬間、有り得ない感触~。

それは、(もし財布なら)お札が沢山入り過ぎて、
財布の中が、鉄板のように固~くなっておる感じ~。

真偽のほどは定かでは無いが、まんざら当たらずとも遠からずじゃと思っておる。

だって、ヒヨコ船長が、受付に届け出た直後、
係り人がスンゴイ速さですっ飛んで来て、
来館者一人一人に、
「財布をお忘れじゃ無いですか~?」
って、確認とっておったも~ん。

もし、それが大金じゃったとすれば、
持ち主は旅行者かのぅ?

だって、
普段は、100円で入館出来る朝倉氏の資料館と、大枚って不釣り合いな感じじゃもんなぁ~。


今日の懸賞当選品
図書カード1000円分(ジャパン・ブルボン)
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by hiyokosencho | 2006-11-22 23:59 | 旅行